第254回長野県眼科医会集談会 特別講演

眼の再生医療

大阪大学大学院医学系研究科 教授 西田 幸二

 ヒトは外界の情報の80%を視覚から得ているとされており、難治性の眼疾患により生活の質QOLが損なわれている数多くの患者が存在する。例えば、網膜色素変性症、重症の緑内障や黄斑変性、Stevens-Johnson症候群などの瘢痕性の角膜疾患などである。これらの病気のために、多くの患者が失明状態にある。その克服のために、再生医療や人工視覚、バイオ医薬品の開発など、先端的な治療法の開発が世界中で展開されている。眼は外界に接している器官で、種々の介入が行いやすいということや、その結果を直接観察して評価しやすいなどの利点があり、先端的医療の導入が進んでいる領域である。
  近年産学官が連携して、再生医療の実用化に向けたプロジェクトが展開されており、眼疾患、骨疾患、心不全、肝不全、糖尿病、パーキンソン病、脊髄損傷など、種々の難治性疾病の治療も夢物語ではなくなってきた。この背景にあるのが幹細胞やバイオマテリアルの基盤的な研究の発展である。殊に網膜や角膜等の眼組織には大きな期待が寄せられている。角膜においてはすでに一部の疾患に対して、我が国で世界に先んじて再生治療法の臨床試験が開始されている。また、網膜疾患についても胚性幹細胞を用いた初めての治験が米国で進められているところであり、我が国においても、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いた網膜の再生医療の臨床治験の計画が進められている。
  さて、現在角膜移植術が必要な患者は全世界で100万人以上と見積もられている。しかし、実際に角膜移植を受けている患者数は年間6万人足らずであり、多くの国で提供眼球不足が大きな問題となっている。また、術後に生じる拒絶反応が大きな問題点となっている。このような現在の移植医療が抱える問題点を抜本的に解決するため、患者自身の細胞を用いた再生医療の開発が待望されてきた。我々は患者自身の口腔粘膜から角膜上皮の代用となりうる組織を作製し、それを患者の治療に世界で初めて応用し、現在まで良好な成績を得ている。また、iPS細胞を用いた角膜再生医療の開発も進めている。
  本講演では眼の再生医療の現状について紹介し、臨床への実現化という視点から、眼疾患の再生医療の開発がどのステージにあるかをお話ししたい。