長野県眼科医会会報Vol.117より

色覚検査実施に関するアンケート調査

北原 博  松高 久  宮澤 文明

1.緒言
平成14年の文部科学省の通達(※1)により、学校での色覚検査が定期健康診断の必須項目から削除され、昨年(平成15年)度から実施されていることは周知のことである。これからは色覚検査の実施が各地区の教育委員会、学校長、さらに各学校医の判断に委ねられたわけであるが、その後の実施状況については、いくつかの県においてもアンケート調査が行なわれ、報告(※2 ※3)されている。今回われわれは、昨年度と今年度の、学校における色覚検査の実施状況と、色覚検査そのものに対する会員の考えについてのアンケート調査を行なった。

 

2.対象と方法
平成16年5月から6月にかけて、まさに春の学校の定期健康診断が行われている時期に、長野県眼科医会のA会員を対象にアンケート用紙を郵送し、色覚検査が必須項目から削除されたことを知っていたかどうか、地区教育委員会などへの実施の申し入れ状況、平成15年度の実施の有無、実施の時期と方法、16年度の実施予定の有無、そして学校での色覚検査の必要性に対する意見などについて回答を求めた。

 

3.結果
長野県眼科医会A会員71名にアンケート用紙を郵送し、回答を得たのが57名(80.3%)であった(表−1)。回答を得たA会員のうち、52名(91.2%)が眼科学校医であった。受け持っている学校の数は、小学校、中学校、高等学校ともに、いずれも一人で5校以下のことがほとんどであったが、小学校の場合は一人で5校以上受け持っている学校医が8名、そのうち2名は一人で10校以上を担当していた。
色覚検査が眼科定期健康診断の必須項目から削除されていたことを知っていたのは、回答者57名中51名(89.5%)で、昨年(平成15年)度色覚検査を実施した12名と実施しなかった37名のほか、学校医でない2名もここに含まれていた。知らなかったと回答したのは3名(5.3%)で、無回答の3名は校医をしていないA会員であった。
色覚検査の実施継続を学校医の立場から地区の教育委員会、学校長、養護教諭に申し入れをしたのは、15名(28.8%)であり、申し入れ先としては養護教諭が最も多かった。その際に「色覚検査について」という長野県眼科医会で用意した文書の利用は、半数以上にみられたが(53.3%)、他の資料を配布したものも20.0%あった。
昨年(平成15年)度に学校における色覚検査を実施したのは、校医52名中12名(23.1%)、実施しなかったのが40名(76.9%)であった。実施した場合、自分が校医をしているすべての小学校で実施したものが11名(91.7%)、一部の小学校だけで行ったものが1名(8.3%)、そして中学校でも行ったものが1名あったが、高校で実施したという回答はなかった。検査を実施した時期については、半数が春の定期健康診断のときに、そして残りの半数はそれ以外の時期で養護教諭の都合の良いときに実施したとの回答であった。また、検査対象の学年は、小学校4年生がほとんどであった(75%)。そして、検査結果を受けた後、外来に精査、相談に訪れた児童・生徒の数は、自分が校医をしている学校の生徒に限らず1〜5件ほどあったとのことである。
平成16年度に学校での色覚検査を行う予定かどうかという設問に対しては、実施予定との回答が19名(36.5%)、調査の時点では未定という回答が3名であり、昨年度同様実施しないとの回答は25名(48.1%)であった。そして16年度に色覚検査をしない理由として、「学校保健法で定められているから」「法律で削除されたため」「教育委員会に申し入れたが返答がない」「学校側から特別希望されないので」「とくに行うよう申し込まれなかった」「すでに春の健診は終了している」「時間が取れない」「手続きをとってない」「集団で行なうべきことでない」「学校・社会生活の中でとくに受験にも問題がないように思われる」また「地域で足並みがそろわないから」などがあった。
最後に、学校健診において色覚検査は必要ないと考えるかという設問に対しては、必要だという回答が39名(75%)、必要ないという回答が9名(17.3%)、不明は4名(7.7%)であった。色覚検査が不要だという理由としては、「治癒しないもので、社会生活上問題がないものを発見してもしょうがない」「学校、社会生活にも今後不利益が生じるとは考えられない」「必要でない検査だから」「色覚異常に対しては社会的偏見(遺伝など)もあり、小児の心理的負担を考えると全員を対象とする検査はプラス面よりもマイナス面のほうが大きい」「個別対応でよいと考える」「父兄から相談があった場合に施設対応で処理する」「家庭からの希望者に対して、専門医受診するようにすれば良い」「本人が必要なとき検査し相談にのればよい」「各自が心配なら眼科を受診すればよい」「自分自身で色覚異常であることを知る必要がある」「極端な色覚異常であれば弱視治療の対象となり、通常の場合治療対象というよりも学問的意義と思えるので」などというものがあげられた。

 

4.考察
このたびの長野県の色覚検査に関するアンケートでは、A会員の80%以上という高回答率を得ることができた。
昨年度、文部科学省の決定を受けて、学校で色覚検査を実施しなかったのは、回答のあった眼科学校医の4分の3以上であった(40名76.9%)。これに対して、実施したという回答は12名(23.1%)であり、実施率は、ほかの県の調査と較べて同程度か、やや多い傾向であった。しかし、昨年度実施はしなかったものの、地区の教育委員会、学校長などに申し入れをして、検査の実施継続に努力をしたという回答が6名(非実施者の15%)あったことには敬意を表したい。
また、平成16年度については、実施予定であるという回答が19名(36.5%)あり、これは昨年(平成15年)度に実施した11名に加えて、実施しなかった8名が本年度は予定していると回答していて、注目に値する(Fig.1)。これに対して、16年度は実施しないという回答は25名(48.1%)あったが、その理由をみると、色覚検査を学校で行ってはいけないものと誤解していたり、学校医の仕事を春の定期健康診断だけと考えている傾向がみられた。しかし、文部科学省からの通達は、けっして色覚検査をしてはいけないというものではないし、また学校医の職務には定期健康診断以外にも児童・生徒の健康を管理し、保健指導、健康相談などという重要な役目がある。また、「集団で行うべきことではない」という意見は、文部科学省からの通達にも、実施する際には児童生徒および保護者の同意を得るようにと明記されており、同意が得られた場合に行なうものであり、当然の配慮である。
学校健診においての色覚検査の必要性を問うた設問については、必要でないとする回答が9名(17.3%)であったのに対して、必要であるという回答が39名(75%)であった。これは、昨年度に色覚検査を実施した11名以外に、実施しなかった内の実に28名(70%)が眼科学校医として学校での色覚検査が必要だと考えているのである(Fig.2)。必要性を感じているにもかかわらず、実際には実施できなかった理由として、公的機関の協力が得られなかったということがあるが、日本眼科医会も色覚検査は必要という立場である以上、県眼科医会としても、県教育委員会などに対して、児童生徒への検査実施の配慮と検査体制の確保、教職員の知識の向上など、とくに文部科学省の通達が検査不要を意味するのではないことなどを改めて伝達する必要があるように感じた。
一方、学校健診において色覚検査は必要ないとする理由のなかには、色覚異常そのものに対する誤解や、色覚バリアフリーが叫ばれているものの、まだそうなり得ていない社会の現状に対する誤解や過剰な楽観も含まれているように考えられる。
定期学校健診の必須項目から色覚検査が削除されるにあたって、文部科学省は、色覚異常であってもほとんどは学校生活には支障がなく、また学校に対しても色覚異常の児童生徒への配慮を指導しているとして、日本眼科学会ならびに日本眼科医会の反対にもかかわらず、一部の差別撤廃の運動に後押しされた格好で、平成15年度からその省令が実施された。今までは、学校健診において、一斉に色覚検査が行われてきたので、学校においては、どの児童・生徒が色覚異常であるかを把握することができたはずである。そして、本人も保護者である家族も、それと知る機会があったが、現在の小学校4年生以下の子供たちは、これからずっと検査を受けるチャンスがなくなるということも出てくることになる。当然のことだが、色覚検査がなくなっても色覚異常の人がいなくなるわけではない。そして、これからは色覚異常の人がそうとは知らないで「進学や就職など土壇場になってそれと知る事が出てくる」可能性が十分あり得るのである。
色覚異常者が自分自身の色覚特性を正しく認識することは、学校生活はもとより、職業選択や、色覚誤認による事故や不利益を被らないためにも重要なことである。しかし、色覚異常は児童生徒本人が自覚していないばかりか、保護者もその可能性について気づいていないことが多いのである。色覚異常者の保護者に対するアンケート(※4)で、半数以上が学校での色覚検査存続を希望していることからも、色覚検査の実施はまだ必要であろうし、また学校医による健康相談や健康教育の充実が今後さらに重要になってくると思われる。ただ、そのアンケートのなかで、一般の眼科医に対しては、検査時の無配慮やカウンセリングの不足、さらに色覚異常に対する誤解など厳しい意見も指摘されている。われわれ一人ひとりが、そういう意見があるということに対して、眼科専門医として、謙虚に反省してみる必要があると思われる。
色覚バリアフリーを目指して、色覚に関する啓発を積極的に進めてゆくなかで、色覚異常者の良き相談相手であり、良きパートナーとなるべきわれわれ眼科医の、そして眼科学校医としての役割と責任は実に大きいといえるのである。

最後に、お忙しい中、アンケートにご協力いただいた先生方に感謝申し上げます。また、ご高閲いただいた東京慈恵会医科大学眼科学教室北原健二教授に感謝申し上げます。


(※1)文部科学省令第12号、官報 平成14年3月29日付

(※2)入江純二他:平成15年度眼科学校健診・色覚検査事後報告 日本の眼科 75:27-32,2004
(※3) 神鳥高世他:平成16年度第2回代議員会ブロック代表質問
(※4) 中村かおる他:学校での色覚検査に関する保護者へのアンケート調査 日本の眼科 75:443-446